官能小説販売サイト 北山悦史 『匂い水〜薬師硯杖淫香帖〜』
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北山悦史    匂い水〜くすけんじょういんこうちょう

目 次
序 章 天上の芳香
第一章 美陰後家
第二章 蜜濡れ娘
第三章 和合妙薬
第四章 淫水武家妻

(C)Etsushi Kitayama

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 序 章 天上の芳香

 全身にみずおしろいを塗り込めたようなきれいな肌だった。
 じゅばんは脇まではだけられ、大ぶりな白桃を連想させる双乳があらわになっている。
 乳房のいただきを飾る乳首は透明感の強い桜色をしていて、子を産んでいないとはいえ、とても二十四歳の人妻とは思えないういういしさだ。
せんすけさん、ねえ、わたしのこれを」
 添い合って座っているゆきは辛抱できないという顔をして千之介の手を取り、乳房へと導いた。
 千之介は右手で右の乳房を押し包んだ。
(おお、これが。これが女子の乳房というものなのか)
 とろける手触り。柔らかくもあり、弾力に富んでもいる。初めて手にした千之介は、痛いほどの感銘を受けた。
「揉んでください。乳首を、吸ってください」
 しかし千之介を白昼の家に連れ込んだ人妻は、千之介をはるかにしのいで感極まっているらしく、声を出すのもつらそうだ。
 き立ての餅のような柔肉を千之介は揉みしだき、そして顔を落として、可憐な突起の乳首を吸い取った。
「ああ、あん。そうやって、そうやってしていてください」
 切なげに身をうねらせながら、雪乃は腰巻の紐をほどき始めた。
 白い紐が解け、朱色の腰巻がしどけなくゆるんだ。雪乃は乳房を揉んでいる千之介の右手を取り、腰巻の中に誘った。
(おっ、すごい!)
 女の部分に指が触る前に、千之介は脳髄がしびれるかという芳香に撃たれた。
 ゆるんだ腰巻から漏れ出てきた女臭にだった。
 雪乃は端座している。腿がぴたりと合わさっているのも、わかる。それでいて、打ちのめされるかという濃厚な秘臭だった。
(何と素敵な……)
 匂いの発生源にまだ触れてもいないのに、千之介は得心が行っていた。

「犬顔負けの鼻」とは、幼いときから言われていた。もって生まれた卓越した嗅覚で、父の仕事に大いに寄与してもきた。
 新しい草、珍しい木の実などが手に入ったときに、それが薬草としての効能を持っているのか、あるいは毒なのかなど、父が千之介の鼻を頼りにしたのだ。
 父はかんげつせきすいといい、ほんぞう観月流をおこした。
 薬草の研究と小売を家業としているが、生来が学究肌の人間であり、本人が店に顔を出すことはめったにない。
 家が湯島にあることもあってか、薬を求めに店に来るのは、武家と町人が半々というところだ。
 千之介が小さいときは、母のふじが客の応対に当たっていた。十二、三になった頃から、千之介も店に出るようになった。
 店に出るのは好きだ。人と会って話をするのが、楽しい。かといって、奥の部屋で薬草の研究をするのが嫌いというわけでもない。
 それも好きなのだが、日がな一日、薄暗い部屋で過ごすのはごめんこうむりたいというところなのだ。
 そんな千之介とは違って、四つ年上の兄のひころうは父の血をそのまま引き継いだかというような男で、寝食を忘れてでも研究に没頭している。
 二人とも、研究することそのものが好きなのだ。そしてそれで食べていけるのだから、幸せな人間と言っていいだろう。
 母からの遺伝なのか突発的なものなのか、ありとあらゆるものの匂いを嗅ぐのが習性のような千之介は、草木の研究をすることだけでよしとはしない。
 父と、家督を継ぐ兄が満たされた生活を送っているように、家督を継げない自分にも、好きなことをする権利はあるはずだ。
 それが、薬草の研究をそこそこにして店に出るようになった理由だった。
 客の話を聞いて母が薬を見立てるよりも、千之介の見立てや配合、量などが適切なことが多く、客の評判は上々だった。
 人当たりがよいこともあって客に好かれ、信も得て、十五、六になると店番は主に千之介がして、母は家の奥で父たちの手伝いをするようになっていた。
 客の応対をするのが楽しい。客に喜ばれるのが嬉しい。
 それが店に出るようになった理由ではあったが、しかしそれは表向きのものだった。真の理由はまた別のところにあった。
 十三、四の頃、つまり性毛が生えてきた頃から、嗅覚に変化が現れたのだ。このことは誰にも言っていないが、体臭に異常に敏感になったのだ。
 むろん草木と同じく、人の体臭には以前から敏感だった。だが、その“種類”“内容”とでもいうものが、変わったのだ。
 薬を求めて店に来る女が、昨夜男に抱かれたか、一昨夜抱かれたかというのが、わかってしまうのだ。
 昨夜か一昨夜かその前の夜かというのは、肌に染みついた男の匂いの濃淡、あるいは“時間経過”というもので、自然に判断できる。
 生娘面をした町娘が、実は昨夜、男の精をしたたかに体に注ぎ込まれたというのも、手に取るようにわかる。
 下働きの女中が、毎日手淫にふけっているのも、わかってしまう。男のではなく女の匂いを全身にこびりつかせている武家の妻もいる。
 当人もまわりの者も気がつかなくても、千之介にはお見通しなのだった。
 そのことは男の客に対しても同様で、いつごろ女を抱いたか、どれぐらいの時間交わっていたかということが、見えてしまう。
 調合した薬や料金のやり取りで、客と指が触れ合うのは日常的にあることだったが、指についた客の匂いを嗅ぐのも、大きな楽しみだった。
 そして、事はそれで終わりというものでもなかった。夜の秘め事があった。
 その日、四十人に会ったとする。すると四十種類の異なった匂いが、嗅覚に刻印されている。
 一つ一つの匂いに、客の顔、体型、しぐさ、歩き方などが付随している。架空の関係に持ち込むのは、いとも容易だった。
 空想と自分の指で、快楽の事は足りた。女はまだ体験していないが、する必要も感じなかった。自分の好みで、したい放題、思う存分のことができるのだ。
 満たされた生活だった。本草家の次男坊として生まれてきたことを、ありがたく思わないではいられなかった。

 千之介が十六のとき、二十歳になった兄は、「はくすい」と父に新たに命名された。つまり、跡継ぎの認証だった。
 そのことが契機となって、自分もそろそろ将来のことを考えなければならないと、千之介は思うようになった。
 店番をして客たちと接するのは好きだが、一生店に座っているつもりはなかった。いずれ、自分は家を出る。しかし、何をなりわいとするか。
 薬や健康に関して何年間も客に助言してきたことで、ただの本草家、薬屋ではなく、「くす」としての才能も自分にはあるという手応えは感じていた。
(武士だったら、もっとよかったんだけどな)
 天を仰いで空想に耽ったりもした。
 刀を持ったことはないし、立ち回りのようなことをしたこともないが、自分は結構な腕なのではないかと思うのだ。
 悪い奴らをばったばったと斬り捨てる夢を見て、人を斬ったときの感触を腕に残したまま目を覚まし、あらためて昂奮したり感激したりすることも、まれではなかった。
 自分が尋常ではない嗅覚を持って生まれたのと同じく、立ち回りで、相手の動きを事前に感知することが、自分にはできるようなのだ。
 刃をくぐって相手を攻撃することができるわけだから、力ずくでつばり合いなどをすることはない。いかにも自分らしいと思う。
(しかししょせん、それは夢か)
 自分は「薬師」としてやっていくのがまっとうなところだろうと将来の考えを固めたのが、十九になった年だった。
 しかし、家を出るのは何年も先のこと。薬のことをもっと勉強し、これで一人でやっていけると確固としたものを得てからでよい。
 そう思っていたときに、兄が嫁をもらった。
 千之介の一つ上、二十歳の兄嫁、きぬは美人で、その上、清楚でかぐわしい体臭を持った女だった。
 絹の顔や乳房や下腹部や背中や腰や脚、表に出ていようが着物で隠されていようが、あらゆる部位の匂いを嗅ぐのは朝飯前だった。
 だが千之介は無理をして、絹の匂いを嗅がないようにしていた。
 どうしても、兄とのまぐわいを想像してしまうからだった。それは嫌だった。
 感じるのに感じないつもりになるというのは結構つらいことで、何か対処法をひねり出さなければならないと、千之介は思っていた。
 そんなときに店を訪ねてきたのが、もち肌の美女、雪乃だったのだ。


 
 
 
 
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