官能小説販売サイト 由紀かほる 『悪魔の診察室』
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由紀かほる   悪魔の診察室

目 次
悪魔の診察室
ワインは殺しの後で
 前編
 後編

(C)Kaoru Yuki

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 悪魔の診察室


     淫への期待

「もしもし、萩尾クリニックですか? 実は私、浅草の佐川医院の院長先生に紹介された緑川ですが、あの、今日の午後にでもお伺いしてよろしいでしょうか」
「緑川京子さんでいらっしゃいますね。佐川先生の方から電話をもらって、貴女のことは聞いておりましたよ。どうぞ、午後の三時過ぎなら構いませんから、いらして下さい。場所はおわかりですか」
「はい、佐川先生に地図を書いて頂きましたから。じゃあ、三時ごろ伺わせて頂きますので、どうぞよろしく」
「お待ちしてます。わかりにくい場所なので、迷ったらすぐお電話下さい」
 受話器を持ったまま、もう一方の手で電話を切った私は、机上の電話帳の「サ」行欄を開いて“佐川嘉一”という文字に続いて並んだ番号をまわした。
 三度目のコールで繋がり、
「はい、佐川産婦人科です」
 看護婦の声が聞こえてきた。
「萩尾ですが、佐川先生をお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
 呼び出しの音が聞こえ、やがて、
「はい、佐川ですが」
 ちょっとシワがれた、威厳のある声が流れてきた。
「萩尾です。一昨日はどうも。つい今しがた緑川京子から電話がありましたよ。今日の三時に来るそうです」
「そうですか、たった二日だっていうのにずいぶん待たされたような気分だよ。今度は相手が相手だけにね。でもその分、楽しみが増えたってわけだ。午後の診察は早めに切り上げて、何としても遅れずに伺わせてもらおう」
「お待ちしてます」
 受話器を置くと、私はキャメルを咥え、火をつけた。
 そこは六畳二間をぶち抜いたような形の、私の寝室兼書斎である。
 鉄筋二階建ての二階にあり、階下は診察室、さらに地下には特別の患者のための診察室がある。
 庭には外からのぞかれない程度の植木が並んでいるが、一匹何百万もするような鯉のいる池はない。
 建物こそ少し目立つが、家の広さは郊外のその辺りの住宅地では決して人が羨むほどのものではない。むしろ医者の暮しぶりとしては質素な方ではあるまいか。
 近所の者はもちろん、私の職業を知っているが、このおよそ病院には見えぬ建物の中に診察室があり、患者の治療に当たっているとは思っておらず、私がどこかの総合病院に勤めていると思い込んでいるらしい。
 というのも、この建物のどこにも病院としての看板は出ておらず、わずかに玄関の表札の横に“萩尾クリニック”と書かれているだけだった。
 申し遅れたが、私は本名萩尾晃一、産婦人科、整形外科および精神科の医師である。
 堂々と看板をかかげられないのは、インチキ医師だからじゃないのかと思われるかもしれないが、決してそうではない。私は医師としての資格はちゃんと持っている。
 にもかかわらず、患者が気づかないような病院の建て方をするのは、私の方では若い美人の患者以外は診察しない方針だからである。
 すなわち、老人や子供、男や若い女でも醜い者は一切診察を断っているのだ。
 それで経営が成り立つのかといえば、この診療所ができて七年になることを示せば充分だろう。
 もちろん、そうした背後には大勢の医師仲間や、かつて患者として来た者、さらには病院に多額の寄付金を寄せてくれる各界の名士たちの力添えがあって、それも決して大繁盛こそしないものの、経営はまずまず安定している。
 本来ならば、その人たちの名前をここに公表して、感謝の辞を述べるべきなのだろうが、この病院の場所とともに、ある事情からそれは控えておこうと思うのである。
 その“ある事情”については、このリポートを読んでいってもらえば、おわかり頂けるだろう。
 私は煙草を消すと、部屋を出て階下に降りた。
 台所をのぞくと、看護婦と私の身のまわりの世話をしている森村泰子が昼食の仕度をしているところだった。私が声をかけると、
「今すぐ出来ますわ」
 眼鏡をかけた、厚化粧の醜い顔を向けて、泰子は小さく笑ってみせた。
 すでに三十半ばを迎えながら、未だに独身で、もともとむくんだような不細工な顔が、年とともに唯一の救いであった愛嬌すら失って、いよいよ意地の悪そうな看護婦長のイメージに近づいてきていた。
 が、私にとっては実に得難い看護婦といってよかった。
 まず、看護婦としての手腕は申し分なかったし、身のまわりの世話を焼く家政婦としても、料理は一流、金銭にも几帳面であり、信用もできた。おまけに、女として私の食指を全くそそらない点でも理想的である。
 その泰子が、この病院に長くいるのは、単に仕事のわりには給料が充分すぎるほどもらえるためばかりではなかった。
「今日の三時に患者が来るよ」
 そう私が言うと、料理を作る手を休めて、こちらを見た泰子の眼が、キラリと光った。
「まあ、二週間ぶりですわね。それで今度の患者さんはどなたです」
「緑川京子。知ってるかね」
「緑川京子って、あの女優の? たしか父親が若杉流家元で、数年前に人間国宝に指定された加奈崎勘一――」
「さすがに詳しいね」
「それはそうですわ。美人の有名人、ことに女優なんかは全てますもの」
 実際、泰子はこれまでこの病院に来た美しい患者たちを、たっぷりと愛してきていた。ただし、彼女独自の愛し方で。
「前から一度、うちへ来ないかしらって、テレビを観る度に思っていたんですの。ふふ、今から楽しみですわ」
 そう言って笑ったところは、ほとんど不気味といってよかった。


 
 
 
 
〜〜『悪魔の診察室』(由紀かほる)〜〜
 
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