館 淳一 姉 愛人契約
目 次
見えない強姦者
姉の愛人
素足にハイヒール
O嬢のように
(C)Junichi Tate
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見えない強姦者
1
(なんか、ヘンだ……)
加奈子がそう思うようになったのは、一人住いを始めて三カ月たった頃である。
彼女が借りたアパートは首都圏のベッドタウンの一つ、H市のはずれにある。急激な宅地開発が進んでいるが、周囲にはまだ武蔵野の面影を残す雑木林や田畑、果樹園などが散在している地域だ。
二階建て全十室のアパートは“ヒルサイドテラス・マナベ”というしゃれた名前。外観は最近流行りのショートケーキ型だが、中身はごくふつうの造りである。
一番近い私鉄駅からバスで十五分。バス停からさらに十五分は歩く。交通はいささか不便だけれど、新築のわりに部屋代が安いので借りることにした。親から独立したての若いOLとしては、あまり贅沢な選択は出来ない。
それでも、加奈子はこの部屋を見つけられてラッキーだったと思っている。日当たりは良いし閑静だ。部屋は二階だから泥棒の心配も一階より少ない。
部屋は六畳のリビングキッチンに六畳の和室という間取り。給湯は深夜電力利用の温水器だ。南側の窓には洗濯ものが干せる程度のバルコニーが張り出しているが、隣の部屋のとは接していないので、バルコニー伝いに侵入されるおそれはない。
「他人に鍵を持たせてはいかん。家主にもだ」
部屋の防犯のことをうるさく言ったのは父親だ。不動産屋の社員がスペアキーを使って紹介した女子大生を襲って殺したという事件があったから、加奈子も親の言葉に従って交渉し、錠を交換してもらった。スペアキーは彼女だけが持っている。そのかわり「何かあった時はドアを壊されても苦情は言わない」という念書を書かされた。
そういうわけで、玄関ドアをロックしてしまえば、誰も入ってこられない。そのはずの部屋に、加奈子を脅かすようなことが起きた。
ある夕、勤めを終えて帰宅した加奈子は、ドアの錠を開けて中に入ったとたん、異様な気配を感じたのだ。
(あれッ、おかしい……!?)
それは直観と言うしかない。
見た目には、どこといって異常はない。何もかも出かける前と同じ様子をしている。しかし、何者かがこの部屋に入り、時間を過ごしていった気配が濃厚に漂っていたのだ。自分のものではない体臭をフッと嗅いだような気さえした。背筋がチクチクするような、奇妙なおぞましい感覚が全身を駆け抜けた。
よくよく注意して点検してみたが、さしたる異常は発見できなかった。何も無くなっていないし、動かされてもいない。箪笥や戸棚の中なども触れた形跡はない。
(気のせいかしら……?)
そう思って忘れることにした。数日は何ごとも無かったが、ある日、また同じ奇妙な感覚を味わった。その時も、誰かが入ってきたという確実な痕跡はどこにもなかった。
二度、三度、そういう体験が重なった。「気のせい」ではすませなくなって、真剣に考えてみた。
玄関ドア以外の開口部といったら南側の窓だが、もし誰かがバルコニーによじ上ったとしても、半月形のクレセント錠で内側からロックされている。ガラスを割らない限り入ることは出来ない。
だとしたらやはりドアからだ。熟練した泥棒は道具を使って数分で開けることが出来ると聞いた。そうやって誰かが忍びこんできているのかもしれない。
そこで、出かける時に玄関ドアの隙間に自分の髪の毛を目立たないように挟んでおくことを続けた。誰かがこっそりドアを開けたら髪の毛は落ちる。帰った時、その髪の毛が元のところにあれば、誰も出入りしなかったことになる。
数日、髪の毛はそのままだったし、室内に異常な気配はなかった。
(やっぱり気のせいだったんだ……)
そう自分に言いきかせた次の日、帰ってドアを開けたとたん、またゾクゾクッとくる例の気配を感じた。なのに髪の毛はもとのところに挟まったままだ。
(どうして? 私の神経がおかしくなったのかしら……?)
一瞬、疑ってみた。最近、部署が変わって少し責任のある仕事をやらされるようになった。そのことで残業が続き、疲れている。神経がピリピリしているのも確かだ。
入念に確かめた。キッチンもバスルームも異常はない。ベッドのある和室も、一見、異常はなさそうだ。
(おかしいなあ……。どうしてこんな錯覚を感じるのかしら?)
ベッドに腰かけて、額に滲んだ冷汗を拭おうと机の上に置かれているティッシュペーパーの箱からティッシュを抜き取った。その瞬間、
「あれっ!?」
思わず声に出してしまった。
たまたまその朝、出がけにすべてのティッシュを使いきったので、新しい箱を開けた。開封したばかりの箱にはティッシュがぎっしり詰まっていて、最初の数枚は取りにくいものだ。朝は二、三枚しか使わなかったから、当然、まだ取りにくい状態にあるはずだ。それが違う。いま引き出してみたら簡単にスルッととれた。
(ど、どうして?)
どう見ても十枚以上、二十枚ちかく使われているような気がする。
(朝、出かけた時は、絶対にいっぱいだった……)
ベッドから飛び起きた加奈子の全身に鳥肌が立った。
(絶対に誰かがこの部屋に入ってきた。ひょっとして、まだ、隠れているかもしれないっ……!)
何もかもほおり投げて部屋の外に飛び出したくなるようなパニックが襲ってきた。
あわててバッグの中に入れてある痴漢撃退用の催涙スプレーを掴みだした。バス停からアパートまでの途中、両側に家がなく、雑木林の中を抜ける道が百メートルほど続く。これまで特に事件といったものは起きていないが、残業して遅くに帰る時など何となく不安で、そういうものを持っているのだ。
(あわてないで……。とにかく確かめるのよ)
必死になって自分に言いきかせた。
狭いアパートである。人が隠れる場所は限られている。浴室やトイレはもう確かめた。あとは深夜電力利用の給湯タンクが入っている物置、ベッドの下、押入れ。
催涙スプレーを片手におそるおそるすべての場所を確かめてみたが、侵入者の姿はどこにも無かった。もちろん痕跡も。
(ティッシュペーパーを使ったのなら、どこかに捨ててあるはずだけど……)
屑籠やキッチンのごみ入れなどを調べてみたが、自分が捨てたもの以外のティッシュペーパーは見つからない。持ち帰ったか、あるいはトイレで流してしまったか。
(それとも、ティッシュペーパーのことは私の思い違い? あんまり神経質になってしまったので、記憶もおかしくなったのかしら?)
何度、思い返してみても、自分の記憶を疑うことはできなかった。そこで本気になってもう一度、徹底的に室内を探索してみた。誰かが入ってきているとしたら、玄関ドアや窓からではなく、どこかに侵入口があるに違いない。
(押入れかしら……?)
押入れの天井板というのは、往々にして固定されておらず、人が出入りできる場合がある。実際に押入れから天井裏を伝って隣人の部屋に侵入、物を盗んだり人を襲ったりした犯罪が起きている。加奈子だってそれぐらいの用心はしているから、部屋を借りるにあたってはしっかり釘が打たれていることを確認している。
懐中電灯を手に、ベッドサイドの押入れに潜りこんで天井板を押してみた。釘で固定されているのは間違いなかった。やはりビクともしない。
(うーん、分からない……。あと、外部から入ってくるところは無いのに)
加奈子は頭を抱えた。
困ったことに、今はこういう悩みを相談する相手がいない。親に言えば、精神状態を疑うかもしれない。彼らは娘の一人暮らしに今でも反対している。このことを口実に引き戻されてしまう可能性だってある。
加奈子は、フトあることに思いあたった。
(気配を感じた日って、一週間ごとのような気がする……)
今日は水曜日だ。この前も水曜日ではなかったか。
(よし、確かめてみよう)
机の上に置かれているラップトップ型ワープロを開き、電源を入れた。
机の抽斗の一つにぎっしり詰まっている三・五インチのフロッピィディスクの中から一枚を取り出してセットした。
液晶画面にタイトルが浮かびあがった。
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