官能小説販売サイト 由紀かほる 『愛奴の館』
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由紀かほる   アイヤカタ

目 次
艶やかな暗渠
地下室の貴婦人
白夜の性獣
闇に舞う淫花
秘肌は二度燃える
悲姦の令夫人
生贄よ嬌柔たれ
氷上の性奴隷
悦楽は哀しみの涯に

(C)Kaoru Yuki

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 艶やかな暗渠

「楠田さん、お電話ですよ」
 バーテンに呼ばれて、楠田久男はカウンターの椅子から下りた。
 彼が今夜銀座に呑みに来ていることを知っているのは、そんなにいないはずである。
(誰だろう)
 何人かの顔を思い浮べながら、受話器を受けとると、
「はい、楠田ですが」
「ああ、俺だ。丘路だよ。たった今、奥さまをお帰ししたところだ」
「ほう、とうとうやったか」
 内心の動揺とはうらはらに、鷹揚な調子で答えた。
「いや、それがまだなんだ」
「何だ、お前にしちゃ、いやに手間どってるじゃないか。プレイボーイの名が泣くぜ」
「なに、こっちがその気になれば、すぐにでも落ちるところまで来てるんだ。明日、もう一度会うことになってるから、彼女が貞操を失うのは、明日ということになるな」
「ま、よろしくやってくれよ。ところで、そんなことを云うために、わざわざ電話を掛けてきたのか」
「ただ、もう一度お前の気持ちをたしかめておこうと思ってね。本当にいいのか、自分の女房にこんな罠をはめるような真似をして」
「今さら何を云ってるんだ。俺と裕子の夫婦仲は、何度も話したじゃないか。俺があいつに、他の新婚夫婦のように惚れてるっていうなら話は別だが、ああいう女に対して俺がどういう気持ちになるかは、おまえが一番よく知ってるだろう」
「それを聞いて安心した。明日は思う存分彼女と楽しませてもらおう」
「そうするといい。その代り、例の証拠となるビデオは忘れるなよ」
「まあ、楽しみにしてるといい」
 電話を終えて、楠田が席に戻ると、
「誰とお話してたの」
 ユウ子という名前のホステスが、肩越しに云って、胸を押しつけるようにしなだれかかってきた。
「いい人と約束してたの」
「そんなんじゃない。大事な仕事の話さ」
「ウソ。楠田さんが仕事の話なんて、するわけないわ」
「おい、それはどういう意味だ」
「だって、くすのき製薬の若社長がバーでお仕事のことなんて。第一、全然似合わないもの」
「おいおい、褒められてんだか、けなされてんだか、よくわからなくなってきたなあ」
 楠田は苦笑を洩らした。ユウ子の云う通りなのだ。
 楠製薬の社長、楠田周平に見込まれ、楠田家へ婿養子として入ったのが一年半ほど前になる。しかし、初めの一年こそ真面目に仕事に打ち込んでいたものの、半年前楠田周平が脳溢血で他界して以来、人が変ったように怠け者になり、近ごろではひと月以上も会社へ顔を出さず、毎日大名暮しを送っている。
 が、彼に云わせれば、
(決して人が変ったんじゃない。これが俺の本来の姿なんだ)
 ということになる。
 周平の方も、若僧の久男にこれまで自分がやってきたように、会社をまとめ上げる力量があるとは思っていなかったらしく、自分が死んだあとのことも考えていた。
 筆頭副社長に、水原秀一という男がいた。
 すでに六十になる白髪の老人であるが、楠製薬創設以来、周平の右腕として、名参謀ぶりを発揮してきた。
(あの男に委せておけば、間違いはない)
 と周平は思い、事実、周平の死後も、水原は一人で会社を統率してきた。
 楠田久男が毎日ブラブラと遊びまわっていられるのも、彼のおかげということになる。
 と同時に、水原がその気になれば、会社を自分のものにすることも、あるいは潰すことも、朝飯前のことだった。
 が、久男は全然危惧していなかった。
 周平の娘の、裕子と絵美の姉妹を水原がほとんど我が子のように溺愛していることを知っていたからである。
(裕子お嬢さまと絵美お嬢さまのためにも、この会社は何としても守りぬかねば)
 そう自分に云いきかせて、水原は老体に鞭打ち、何かと駈けまわっているのだった。
(実にありがたいことだ)
 と、感謝する反面、彼に喰わせてもらいながらも久男は、
(よくやるよ、まったく)
 と、憐みとも滑稽感ともつかぬ気持ちになるのだ。
「そんなに疑うなら、今夜俺とつき合わないか」
 楠田は隣りに腰かけたユウ子の顔を見て云った。
「そうすれば、俺が真面目な男だってことがよくわかるぞ」
「でも、楠田さん、奥さまがいらっしゃるんでしょう。それもすごく綺麗な人だって聞いたわ」
 ユウ子は笑って、正面を向いたまま云う。その濃い化粧の耳もとに顔を近づけ、
「女の価値は顔だけで決まるもんじゃないよ。いくら普段は美人でも、アノときの顔がまずかったら話にならん。それに、美人はアソコの具合も平凡なのが多いって云うじゃないか」
「でも、奥さまはそうじゃないんでしょう」
「いや、君には叶わないと思うね。僕ぐらいになれば、裸にしなくても、だいたいのことはわかるものなんだ。君は着痩せするタイプだろう」
「ええ、そうね」
 振り向いたユウ子の眼が、興味ありげに輝いた。
「胸も腰も豊かだが、肝心の部分は狭い。それに、一番敏感な尖りも、ごく小さいはずだ」
 笑みを浮べようとしたが、うまくできずにユウ子は、頬を強張らせて顔をそむけた。
「怖いわ、楠田さんて」
「ちがったかい」
「知らない」
 ユウ子は、片手で額の辺りを押さえている。どうやら、ユウ子の体内では早くも官能の血が騒ぎ始めているらしい。
「今夜、僕にたしかめさせてくれないか」
 ユウ子は下瞼のふくれた眼で楠田を見返したが、
「やっぱり、やめとくわ」
「どうして」
「だって、楠田さん、変な趣味があるんでしょう」
「何のことだ」
「これよ」
 と、両手を背中にまわしてみせ、
「女の人を縛ったりするのが好きだって、ママが云ってたもの。だから、気をつけなさいって」


 
 
 
 
〜〜『愛奴の館』(由紀かほる)〜〜
 
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