蘭 光生 奴 隷 妻
目 次
第一章 奪われた新妻
第二章 美しき虜囚
第三章 汚辱の花嫁
第四章 隷女・美花
第五章 嬲獣地獄
第六章 生血を吸う女
(C)K. Ran
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第一章 奪われた新妻
「まあ、素敵な湖!」
車から降りると、妻の美花が、背伸びするようにして、大きく胸を張りながら歓声をあげた。
「静かだな。この湖の下に、ついこの間まで三つも村があったなんて、ちょっと信じられないな。いまはもう、人っ子一人いない」
「ほんと。村の歴史も思い出も、みんなダムの底に沈んでしまいましたのね。村の人たちはどこへ行ってしまったのかしら?」
「代替地をもらって遠くの村に引越したか、それとも都会に出て工場や会社に就職したりしたのだろうな」
大高潔は妻の美花の腰にそっと手を回すと、妻を軽く抱き寄せた。美花が、夫の肩に髪をもたせた。どこから見ても、新婚早々の甘いおアツイ夫婦といったところである。
美花は二年前に潔と結婚し、いまは二十六歳の人妻であった。二年間の新婚生活が、美花の美しさに磨きをかけ、新鮮なお色気を絞りだしていた。白いスーツの上からでも、肩のまろみと胸もとのふくらみが、フレッシュな人妻の、得も言えぬ妖しい色気を滲みだしている。
三十歳の時に潔は彼女と結婚した。晩婚の方であろう。大学の助手をやっていたが、教授の令嬢である相思相愛の美花と結婚すると同時に助教授に抜擢され、政略結婚などと陰口をたたかれたが、本人同士は幸せだった。
大高潔は日本古代史を専攻しているため、機会さえあれば、日本の各地方へ取材旅行している。その時には必ず妻の美花を連れていくので、その夫婦仲の良さも評判になっていた。今回のドライブ旅行も、そうした取材旅行を兼ねての旅であった。
湖と山の冷気にさらされたせいか、美花は急にトイレに行きたくなった。
「あなた。トイレに……」
「あ、そう。うん、丁度いい。あそこにまだ飯場が残っている。あそこに行けば、トイレもあるだろう」
ダム工事はほぼ完了したという話を聞いていたが、湖のダムのほとりに、プレハブ造りの飯場らしい建物が一軒ポツンと建っている。二人は、けずりとられたようなジャリ道を手をつなぎ合い、滑るようにして降りていった。車は山道の端にあった湖寄りの土手の空地の上に置いておいた。山奥だし、山道はダムで行きどまりになっている。湖の水も入ったばかりなので、まだ整地や観光地用の設備も何もない。だから、ここまで入ってくる車は一台もなかった。工事中はダム建設用のダンプや土方が大勢働いていたのだろうが、それもいまは去り、置き去られたようなプレハブが一軒残っているだけだった。
「誰かいますかしら?」
「うん。人がいればいいけどね」
ズルズルと、富士山の砂走りのように崩れてしまうジャリの斜面をやっと下に降り、平屋のプレハブのドアの前に立った。窓が開いているところを見ると、誰かいるらしい。ドアも、風通しをよくするためか、半分開いたままになっている。
その半開きのドアを覗き込むようにしながら、潔が声をかけた。
「すみません、どなたかいますか?」
その声で、中からのんびりした声が谺のように戻ってきた。
「おーい。なんだい?」
ど太い、中年の声であった。
ドアの中は土間になっていて、その奥に十畳くらいの畳敷の部屋があった。そこに、二人の男が汚れた座ぶとんをはさんで向かい合い、花札をやっている。ガラス戸を開け放した部屋には、万年床が敷いてあり、食器が散らかったお膳が置いてあった。
一人は小柄の中年の男で、無精ヒゲを生やし、額が禿げ上がっている。返事をしたのはこの男らしい。もう一人は、若く、たくましい体つきの男だった。長髪だが、二人とも頭に手拭いをかぶっていた。
潔は、二人の男と目が合うと、
「あのう、おトイレがあったら、お借りしたいのですが」
「トイレ? ああ、便所か。いいよ。便所はこの奥だ」
中年男が気さくに、部屋の押入れを指さした。
「そこの右をぐるっと回ればいい」
押入れの後ろ側がトイレになっているらしい。そこは、部屋の右側に伸びている土間の通路からも行けるようになっていた。座敷から入る時には、いったん土間に降り、サンダルをはいて入るのだろう。
「ありがとうございます。おい、美花、こっちだ」
潔の背後から美花が姿を見せた。
「失礼いたします……」
優雅に小腰をかがめ、二人の土方に挨拶する。その、あまりにも場ちがいな、まるでそこだけがパッと日光のスポットライトを浴びたような華やかな美女の出現に、二人の男はポカンと口を開けたまま、忽然と女神のように出現した美花に見とれている。二人とも、手に花札を持ったまま、時間をとめられた人間のように動かない。
美花がもう一度、軽く会釈すると、それにつられて、二人の男も頭をさげた。まるで催眠術師に操られる催眠術をかけられた人間のようであった。
土間に夫の潔だけが残った。
中年の土方がやっと声を出した。
「綺麗な人ですね。ドライブですか?」
「ええ。いろんな地方の歴史を調べているんです。近くの村を通りかかったら、このダムのことを聞いたもので……」
「もう工事も終りましてね。わしらが最後ですわ。それも二、三日たつと最後のあとかたづけの連中が来て、ここもバラしてしまうんでね」
「最後の残留部隊ですか……」
「ま、そんなところで……」
中年男はそこまで言うと、若い土方に耳打ちした。若い方がのそっと立ち上がると、黙ってサンダルをつっかけ、潔の脇をすり抜けるようにしてドアの外に出た。
「ま、そこじゃなんだから、中に入らんかね」
「どうも……」
中年男は愛想笑いを浮かべて潔を招じ入れたが、潔はどうも不快な気持を拭いきれなかった。その男の、下卑た笑顔と、どこか崩れた感じの雰囲気が、まるで落ちぶれたヤクザのようなイメージを潔に与えていたからである。
「酒でも飲むかい?」
一升ビンを手にしたが、
「ああ、車だったか、じゃあ、お茶でも入れっか」
「どうか、おかまいなく……」
のどの乾きを感じ、潔は車にあるコーヒーポットを思い出していた。あとであれを飲もう。湖のほとりでおやつとするか。
「ま、遠慮するなって。奥さんの分も入れてやっから……」
男がお茶の仕度をし始めたのに気をとられていたせいか、開いた後ろのドアから、若い方の土方がスッと音もなく入ってきたのに気がつかなかった。
「うっ!」
突然、後頭部に烈しい打撲感を感じるのと、目の前がスッと暗くなるのとがほとんど同時であった。
ふらふらっと崩れる体を、若い男が、手にした太い薪を土間に投げだすと、ガシッと受けとめ、そのまま土間に長々と横たえた。座敷の中年男が、年に似合わぬ敏捷な動きで、部屋の隅に転がっていた寝巻の紐を若い方に投げた。
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