一条きらら 偽りの寝室
目 次
愛しているのに
倒錯の夜
もっと抱き締めて
秘めやかな歓喜
今夜あなたと
こんなに素敵な夜
魅惑のベッド・タイム
愛の企み
狙われた人妻
(C)Kirara Ichijo
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愛しているのに
1
無口な男だった。滅多に笑顔を見せない。特に美男子というわけではないが、顔立ちは整っているほうだ。スタイルも良かった。女性に対して優しいというよりむしろ冷ややかで、何を考えているのかわからないような謎めいたところがあった。
そんな男のどこに魅かれたのか、と野川玲子は一人になった時、思うことがあった。表情や声やしぐさに滲み出る、男らしさと甘さと知的なムードだろうか。
男とベッドを共にするのは今夜で三度目だが、彼がどこの誰であるか、玲子は全く知らないのだ。住所も、電話番号も、職業も、年齢も、名前もである。
年齢は三十代前半と、およそわかる。名前は、玲子が自分の名を告げてから質問した時、『一郎』としか教えてくれなかった。一郎さん、と玲子は呟いてみた。
「何だか、偽名みたい」
あまりにも平凡な名前だったので、思わずそう言った。
「ね、本当の名前、教えて」
「男と女がこうなるのに、名前なんて必要ないだろう」
「だって、知りたいわ。『あなた』じゃなく、名前で呼びたいもの」
「それなら、一郎と呼べばいい」
それで、その会話は終りだった。住所や職業をたずねても、彼は押し黙ったままだ。身許を隠す理由は何なのか。行きずりの情事にしたくて、後日、玲子に付きまとわれるのを避けるためなのか。まさか指名手配されている犯罪者というわけでもないだろう。
『一郎』はベッドの中で玲子を夢中にさせた。二十六歳の玲子は、六人の男を経験していた。過去の男達とのセックスで、快感を覚える時もあったが、不感症気味になる時もあった。世間で言うほどセックスが素晴らしいものとは思えなかった。
ところが、『一郎』とベッドを共にした夜、男に抱かれるという行為の素晴らしさ、肉体の歓喜と幸福感を玲子は生れて初めて知ったのだった。ベッドの中で、男の名前を夢中で何度も呼び、今ではそれが偽名であれ何であれ、世界中で一番素敵な名前のような気がしていた。
今夜も玲子は、ベッドに全裸であお向けになり、彼の唇の愛撫に酔わされながら、
「好き……一郎さん……好きなの……愛してるの」
と甘くせつなげな声で口走っていた。『あなた』と呼ぶより、大好きな名前となった『一郎さん』と呼ぶほうが、愛の表現であると同時に肉体の快感も深まってゆく。偽名かもしれないという疑惑など一かけらもなく、いま甘美な感覚をもたらしてくれている男は『一郎』という名前の男なのだと固く信じていた。
彼の唇と舌が、玲子の細くてきれいな脚を上のほうへと這い回っていた。服を着ている時の玲子は華奢に見える。腕や首や脚がほっそりしているためだ。けれど裸になると、真っ白な肌の胸も尻も豊かで太腿は肉づきが良かった。
その太腿へ彼の唇が近づき、内股へと這うと、玲子は一瞬息を詰め、左手を左の乳房に載せた。掌の下で、吸われたばかりの乳首が固くとがり、唾液に濡れているのがわかる。
四十度ぐらいに開かされていた脚を、さらに押し広げられて、彼の唇が内股の付け根へとしのび寄ってきた。
(ああ、もう少しで……)
玲子は思わず、左の乳房をギュッと握り締める。次にもたらされる甘美な感覚を予感して。過去のどの男との時も経験しなかった、あの恥ずかしいほど陶酔させられる快感――。
けれども、今夜の彼の唇の動きは、二度の夜と少し違っていた。内股から秘部の周辺を、なまあたたかい舌の先が淫らに這い回るだけで、熱い部分になかなか触れようとしないのだ。
期待と予感だけで胸や腹部を波打たせ、喘いでいた玲子は、思わず腰を浮かせたり、乳房をギュッと握り締めながら、
「お願い……ねえ……いつもみたいに……ねえ」
と乱れた呼吸と共に催促した。それに応えるように彼の唇が花弁に押しつけられ――るのではなく、かすかに触れただけで、すっと離れてしまった。
「ああ……」
快感とも失望とも言えない声を玲子は洩らした。彼の唇が、ふたたび秘部の周辺や内股の付け根を這う。力を抜いた玲子は、やがて彼の指先が、股間のヘアをかき上げ敏感な蕾をあらわにすると、
――今度こそ――
と胸を波打たせて喘ぐ。彼の熱い息がかかる。彼の唇が、敏感な蕾に触れたかと思うと、すっと離れる。まるで蝶の羽根のような感触を残して。
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