由紀かほる 優雅なる乱艶
目 次
第一章 桃色小径
第二章 屈辱の証し
第三章 遊泳する淫花
第四章 わななく肉襞
(C)Kaoru Yuki
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第一章 桃色小径
負け犬根性
このところ、倉本光治にはろくなことが起こらない。
一週間前麻雀で大敗を喫し、三日前競馬で勝算充分なレースを落とし、アパートの家賃まで使い果してしまった。おまけに、ヤケ酒を飲んでの帰り、つまらぬことから喧嘩になり、見知らぬ若い男に、ものの見事にノックアウトされてしまった。
こうもツキがなくなったのは、昨年の暮、二年ほど一緒に暮らした女に逃げられてからである。キャバレーのホステス上がりの女だったが、二年間ほど夫婦同然の生活を送った。
(あのくらいの女なら他にいくらでもいるさ)
逃げられたその晩は強がってみたが、一週間もすると洗濯物はたまるし、部屋の隅には店屋物の丼が積まれ、安アパートの中は散らかり放題。いなくなって初めて、女のありがた味がわかってきた。
もっとも根っからの遊び好きで、ギャンブルはもちろん、酒と女に眼がなかった。おまけに生来の怠け者ときているから逃げられても不思議はない。
倉本光治は一時K大学に籍をおいていた。が、授業はそっちのけで親からの潤沢な仕送りでもっぱら遊びまわっていた。
四年に進級したとき、父親が脳溢血で倒れ退学を余儀なくされた。
もともと働くのが嫌で大学へ行った男である。倉本には、立身出世や、幸福な家庭づくりの意欲などすっかり欠落している。
(地位も名誉もいらない。一生好きなことをして、遊んで暮らしたい)
というのが、彼の秘かな望みだった。
実社会に出ても、同じ会社に半年と続いたためしがない。
(俺みたいな男は、所詮この過酷な競争社会で生き抜く能力はないんだ。あいつが逃げ出したのも無理はない。先見の明があったと云うべきだろう)
女に逃げられ、仕事もやめ、競馬で家賃まで失ってしまったが、人間とは不思議なもので、窮地に追い込まれると、逆に開き直って腹が座ってくるものだ。この頃は、陽気もいいせいか、毎日、昼過ぎまで布団の中でうたた寝を決め込む癖がついてしまった。
暖かい陽光の差し込む安アパートの中、布団の上に俯せになってシケモクを咥える倉本の眼には、妻子のためにと毎日あくせく働く連中が、実に滑稽に見える。
(どんなに働いたところで、いずれは骨になるんじゃないか)
そんな無味乾燥の日々の中にも、一つだけ楽しみがあった。
K大学時代の友人に、沢井啓一という男がいる。
父のあとを継いで、小さな音楽関係の出版社の社長をしていて、彼が月に一度ぐらいの割で、食事に招待してくれるのである。
もちろん、ただ食事をするのではない。二人には以前から人には云えぬ共通の趣味があった。それは美しい女を穢し、自分の奴隷に仕立て上げ、さらには一匹のペットとして飼い慣らしたいという、倒錯した性癖であった。
が、それはあくまで観念の中であって、現実には良家の上品で美しい女性をそんな風に貶めることなどできるはずがない。その不満を少しでも解消しようと、倉本は沢井と共に時々、そういった趣味を持つ人のために、秘密に行われるショウを見に行っていた。
その日は、沢井に呼ばれて、新宿のナイトクラブで食事をすることになっていた。
昼過ぎに、のこのこと万年床を這い出した倉本は、台所へ行き、髭剃り用の鏡を覗き込んだ。右の顳かみには、まだ傷が青アザとともに残っている。
倉本は指で軽く傷跡を押さえながら、いまいまし気に三日前の晩を思い出していた。
――競馬で今月の家賃までスってしまった倉本は、赤ちょうちんで自棄酒をひっかけてアパートへ向った。と、人通りの少ない裏通りに、眼のさめるようなエレガントなコートを羽織った若い女が、一人で佇んでいる。近づいてみると、鼻すじの通った色白の凄い美人である。
「お姉さん、一人かい」
酔った勢いで、倉本は慣れなれしく近づいて、女の肩に手をかけて云った。
「どうだ、今夜俺と付き合わないか」
「いえ、結構です」
プーンと匂う酒の臭いに、女は美しい眉根を迷惑そうにひそめた。
「冷たいこと云うなよ。あんただって一人なんだろう」
「いいえ、カレを待っているんです。もうすぐ参りますわ」
と云って、逃げるように背を向け、二、三歩歩き始めた。
「何云ってんだ。さっきから見てたが誰も来ないじゃないか。なあ、俺と付き合いなよ」
少し面白くなって、倉本は図々しく女の肩を後ろから抱きしめた。
「い、嫌です、放して!」
女は危険を感じたのか、本気で抗い始めた。そのしなやかな身体の動きと、ウエーブのかかった若い女らしい、盛んな髪の匂いが、倉本の欲望に火をつけた。
「おとなしくしろよ。一緒に楽しもうってんだ。なあ、いいじゃねえか」
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