作者不詳 監修・小宮 卓 『愛染図絵〜性の秘本セレクション3〜』
作者不詳 監修・小宮 卓 愛染図絵〜性の秘本セレクション3〜
目 次
愛
あい
染
ぜん
図
ず
絵
ゑ
夜の闘魚
一、夜の闘争
二、夜の闘魚
解説
(C)Taku Komiya
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愛
あい
染
ぜん
図
ず
絵
ゑ
獣慾と呼び、醜情と称するも、帰する処は只一つである。豪壮な邸宅に住み、美衣をまとい、贅食を摂って振舞えど、男は女を、女は男を、そして、帰する処は、性器と性器の粘膜と粘膜との烈触を中心として躰を
麻
ま
痺
ひ
させる如き快感を飽食せんと慾する心以外に何が存在するのか!?
狂い咲きの八重桜の
梢
こずえ
に降る雨は、霧の様に音もなかった。
雑踏する新宿とは目と鼻の近くにありながら、中野の新井薬師堂裏
辺
あた
りまで来ると、陽春の夜も宵の口だと言うのに、忘れた様に森閑としていた。舘小路家の運転手中井は客を千駄ヶ谷の
邸
やしき
まで送り、薬師裏の舘小路家へ帰ると、車をガレーヂへ納めて裏門脇の自分の部屋へ入った。家内電話で主人の相子未亡人に報告すると、ゆっくりとくつろいだ。本箱の中からウヰスキーの角瓶を取り出すと、グラスについで二、三杯うまそうに呑んだ。
「あーぁ、これで今日も無罪放免か……」
と、やゝ紅潮を帯びて来た頬をほころばせて独り言した。そして一人でモゾモゾと夜具を引っぱり出すと、上衣を取ったゞけの姿で
床
とこ
の上に寝ころんだ。
中井は一人者だった。二十年近く舘小路家の運転手をつとめ、五年前に女房を亡くす迄この裏門脇の長屋で、女房は女中に自分は運転手として平和な生活を送って来た。
小金が出来たらそれを資本にタクシー屋を開業する計画であったのが、戦争と、女房の病死と、つい最近と言っても、もう二年近くなるが、主人の舘小路氏の病没と悪い事が重なって、後妻も
娶
めと
らず独立もせず四十歳を越した今日までずるずると過ごして来てしまった。
尤
もっと
も、今となってはなま半可な金では、タクシー屋等の開業は許されなかったし、未亡人と二人の令嬢、他は召使いだけという家庭となっては、中井は、皆から力にされるだけ出にくかったのも事実だった。女房も色々と他から
奨
すす
める人もあったが、結局、女は女房でなくとも不自由を感じなかったので、一人者の気楽さ
気
き
儘
まま
さをいゝ事にして
呑
のん
気
き
な生活を続けている訳であった。
今夜も実は、客を送り届けての帰り際に新宿裏でショート・タイムで遊んで来た。その疲労も手伝ってほのぼのと全身へ廻って来た酔気に沈んで、うっとりしながら先刻の女の肌を網膜にゑがいた。
痩
や
せた妙に骨っぽい感じのする女だった。
皮膚は美しかったが色気などは薬にしたくとも見受けられない、それでいて少し強く中井が腰を使い出すと、もう今にも気が行きそうに、呼吸を荒くし、本当に喜悦しながら下腹を突き上げて来た。毎日毎夜の接客で感覚が鋭敏になってしまっているのかとも思えたが、中井の様に短い時間を一杯楽しもうとする男にとっては何か気を
急
せ
き立てられる様で嫌だった。
だが、中井の心が嫌な女だと思えば思う程、オルガスムスに近ずいて来る程、その女から受ける性感は異様に
昂
たか
まって来るのだった。何かしら濡れた真綿で陰茎を包んで引っぱって行く様な感触だった。
中井は初めから終り迄、女の「あゝ行きそうだわ、もうちっとゆっくり腰を使って……」と云う声に引っぱり廻わされ、思い切った奔馬の律動をしない
裡
うち
に済ましてしまった。
(やっぱり、今夜は失敗だったな、相手が悪かった)
と、考えて見るのだが、女から受けた性交の満足感は充分だった。結局、あゝゆう女の味は短時間では理解出来ないだろうと云う結論に達したが、それだけに中井としては何か喰い足りない気持だった。
(召使いのお初みたいな女は、きっと素晴しいがなあ……でなきゃ姉妹の
襟
えり
子
こ
……オットットットッ、飛んでもない事を考えちゃいけねえ)
果てもなく拡がって行く空想に思わず中井は苦笑するのだった。
突然、電話のベルがけたゝましく鳴った。
「今頃、何んの用があるってんだい、もう、今夜はかんべんして欲しいんだがなあ……」
ブツブツ言いながら中井が電話口へ出て見ると、電話の主は主人の相子夫人からであった。明日の外出の仕事で、ちっと相談しておきたい事があるから、ちょっと部屋まで来てくれと言うのであった。運転でなくて仕合せだったと中井は胸をなでおろしながら、本舘の裏口から入って行った。
「オヤッ、一体今夜はどうしたんだ。家の中ぁからっぽじゃないか、おかしいなあ」
中井は、いつもならお初、お梅と云った女中達の誰かゝが、未だゴトゴトやってる時間なのに、いやにひっそりとしている家内の空気をいぶかりながら、廊下の奥にある相子夫人の部屋の前へ
佇
たた
ずむと、
襖
ふすま
をトントンと軽くたゝいた。
「だぁれ?」
中から相子夫人の声が聞こえた。
「中井でございますが……」
「あゝ、御苦労様、おはいり」
相子夫人の声は何時もの様に明るかった。中井は、何かあったんじゃないかと思った今の雰囲気が杞憂に過ぎなかったのに安心して、襖を開けると、敷居に膝をついて部屋内を見たが、相子夫人は次の間に居るらしく、半ば開いた襖の向うから、
「
其
そ
処
こ
をしめて、奥まで来ておくれでないかえ、実は、あたし、もう休んでいるんだから……」
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