官能小説販売サイト 勝目梓 『罠』
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勝目 梓    わな

目 次
ドーベルマンのわな
しい悪女
一億円のベッド
女優の寝室
ロマンティックな殺し屋たち
泥棒も恋をする

(C)Azusa Katsume

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   ドーベルマンのわな

 ぬすの一番の敵はおまわりだ。
 じゃあ二番めは、とかれれば、犬だとおれは答える。
 おれは生まれつき、犬が大嫌いだ。そのうえにおれは盗っ人ときている。犬とのあいしょうは最悪というわけだ。
 ちかごろは、マンションに住んでて犬を飼ってるばかが少なくない。特に、盗っ人の上客になるような金持ちに、そういう不心得者が多いんだ。
 おれはいきあたりばったりの仕事のやり方は、絶対にしない。ねらった獲物は十分に下調べをする。だからからりが少ないし、ドジを踏んで手錠ワッパを打たれたことも、一度もないとは言わないが、やった仕事の多さとキャリアのわりには少ない。
 だが、いくら入念な下調べをしても、狙った場所がマンションだと、そこに犬が飼われているかどうかまでは、忍びこんでみるまではわからない場合が多い。
 そういうときに備えて、マンションでの仕事のときは、おれは犬をおとなしくさせるために、牛肉を用意していく。
 そのときにおれが選んだ仕事場もマンションだった。ヤバいから場所は内緒だ。
 住んでいるのは若い女だった。独り暮らしだ。名前はなかむらけいとしとこうか。
 中村景子は二十七、八歳だろう。その若さで彼女はあかさかのクラブのオーナーママになっていた。もちろんパトロンがいる。パトロンはそれほど有名ではない、外車を売っている会社の社長だ。
 そういうことを、おれは三週間ばかりを費やして調べあげた。もちろん中村景子は、見るからに金に不自由のなさそうな暮らしをしていた。乗っている車はまっ赤なジャガーのXJSのコンバーティブル。十二気筒というばかでかいエンジンを積んでるやつだ。住んでるマンションはオートロック式の玄関で、いつも入口に守衛がいる。台所の買い物だって、近くのスーパーマーケットなんかには行かない。いつもあおやまくにまで、ジャガーで出かける。
 で、おれは中村景子が赤坂の店に出かけていった留守に、仕事にかかった。マンションの玄関は、カード式の合鍵を使うか、訪問先にインターフォンで声をかけて、オーケーをもらわなければ開かない。
 入れてくれないところから無理に入らなくても、おれはちっとも困らない。どんな建物にも、おれのような腕の立つ盗っ人には盲点があるものなんだ。その盲点をあらかじめ見つけておくのも、下調べの中の大事なポイントだ。
 そのマンションには、一カ所だけ外壁が直角のくぼみになっているところがあった。建物の裏手に当たるところだ。そこがおれのための玄関になった。
 おれは直角のくぼみに張りついた。両手と両足を直角に交わっている両側の壁につけてからだささえ、のようにして垂直な壁を屋上までい登るのは、まあ楽ではないが、おれにとっちゃそんなに難しい仕事じゃない。盗っ人に限らず、その道の一流のプロってのは、素人には信じられないような技を身につけているものだ。
 蜘蛛になっていったん屋上に上がれば、あとはこっちのものだ。おれは屋上から階段を降りて、六階でエレベーターに乗って、三階で降りた。
 中村景子の部屋のドアの鍵は、四十八秒で開いた。鍵を開けるにはいろんな方法があるが、おれはそのときはスイス製のナイフを使った。十七通りの使いみちがセットされた万能ナイフに、ちょいと手を加えたやつだ。
 金庫でもドアの鍵でも同じだが、合鍵を使うなり、ダイヤルを合わせるなりしなければ開くはずのないものが開くときの快感といったら、ちょっとことばじゃ言い表わせないものがある。
 どう考えても裸になって脚を開くはずがないと思っていた女をものにしたようなよろこび、と言えばいくらかそれに近い。けれどもおれは、そういう女をものにしたときよりも、人さまの金庫やドアをものにしたときのほうのよろこびに、軍配を上げる。
 そのよろこびを味わいたいがために、盗っ人稼業をつづけているんじゃないか、と思えるくらいだ。事実、おれは盗みに入って、思ったほどの収入みいりがないときでも、そんなに失望はしない。たとえ収穫がゼロでも、ドアの鍵やら金庫やらを開けたよろこびが、おれには残るわけだから――。
 実際、道具をあやつる指先に微妙ながきて、それからその指に金属的な抵抗が伝わってきて、ロックがはずれるまでの恍惚感は忘れられない。その感触は、たとえて言えば、女のやわらかい内股あたりをやんわりとつかんで、その手にじわりと力をこめると、表面の皮膚のなめらかさと、その下の肉のやわらかい弾力の底から、ちょっと固めの別の弾力のある感触が伝わってくるのに似ているかもしれない。
 それはともかく、おれは四十八秒間の歓喜の末に、中村景子の部屋にたくみに忍びこんだのだ。
 部屋のドアを閉めて、おれは暗闇の中で息をひそめて立った。しばらくは動かなかった。犬がいれば、その間に吠えはじめるか、うなりはじめるかするはずだった。おれは片手に肉の塊りを包んだやつと、片手にゴリラのペニスとを持って、待った。ゴリラのペニスというのは、ブラックジャックだ。砂を固く詰めた革製のこんぼうだが、おれはそれを勝手にゴリラのペニスと呼んでいる。
 犬がいるようすはなかった。おかげでおれは肉塊で釣っておいて、犬の頭をゴリラのペニスでぶん殴るという、できればやりたくない仕事をせずにすんだ。
 おれはペンライトの明かりを手で囲って、仕事にかかった。中は三LDKの造りになっていた。リビングルームは二十畳近くもありそうだった。しゃれた家具や調度品が並んでいた。どの部屋もきちんと片づけられていた。
 おれはそれぞれの部屋に入ると、ペンライトでまわりを見回した。それから部屋の中央に立ってペンライトを消して、額の中心に神経と意識を集中させた。
 それがいつものおれの決まったやり方なのだ。そうやって額に神経を集中させていると、現金がしまってあると思われる場所が、いくつか浮かんでくる。頭の中に浮かんでくるんじゃなくて、眼に浮かんでくるんだ。明かりのないその部屋の中で、まるでそこだけにライトが当てられたように、いくつかの場所がくっきりと眼に浮かんでくる。
 
 
 
 
〜〜『罠』(勝目梓)〜〜
 
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