官能小説販売サイト 山口香 『女体鑑定人』
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山口 香    女体鑑定人

目 次
第一話 買われた男
第二話 味くらべ
第三話 愛人の復讐
第四話 蒼白い蝶
第五話 霞がかった女
第六話 未亡人哀歌
第七話 果実のしたたり
第八話 淫らな子宮
第九話 三つ編みの少女
第十話 乙女の祈り

(C)Kaoru Yamaguchi

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   第一話 買われた男

     1

「また、ダメだったみたいね」
 客を送り出した北野陽子が背後からポンと肩をたたき、脇のスツールに腰を下ろした。
 肩から胸許へ向かって大きく開いたボディコン姿である。鎖骨がうっすらと陰影を浮かべ、乳房の谷間がのぞいていた。
「そうだ。わるかったな……」
 佐藤はグラスの底に残っていた水割りをぐいっとあおった。
「そんなに荒れたってしょうがないわ」
「伸ちゃん、もう一杯」
「あたしの出してあげて、どうせ、この人お金ないんだから」
「少しぐらいはある。見せようか」
「よしなさいよ」
 佐藤がサマージャケットのポケットに手をつっこむと、その上から陽子は軽く押さえた。
 カウンターの中で食器を洗っていたウエーターの加藤伸夫が水道を止めた。ウイスキーボトルを出し、佐藤と陽子をチラチラと見つめた。無言である。
 加藤は二十一歳になるということだが、見た目には十七、八歳でもとおりそうな感じであった。やせて、ヒョロリとしており、いつも蒼白い病的な顔つきをしていた。
 新宿から私鉄で二十分弱、東京都と神奈川県の境を流れている多摩川沿いの神奈川寄り、川崎市多摩区登戸の飲食ビル一階にスナック「紅」はある。
 ママの小柳紅子とカウンター内の加藤伸夫、ホステスは陽子と酒井範子の四人だけの店だった。
 酒井範子は二十三歳。今夜は親戚の法事で休んでいた。ママの紅子は奥のボックス席の客たちの相手をしていた。
 陽子が二つのグラスに水割りを作った。
 佐藤はすぐに取り上げると、一気に半分ほど飲んで、ふうっとアルコール臭い息を吐き出した。
 佐藤修、三十歳。三カ月前までは川崎駅近くの電器部品会社に営業マンとして勤めていた。
 しかし、その会社はいまはない。バブルの崩壊とやらで、昨年の秋口から経営がおかしくなり、半年あまり後には倒産してしまった。
 タコ足切りである。苦しくなった親会社は下請け業者であった佐藤の会社をあっさりと切り捨て、取引を停止した。
 十五名いた社員は闇の中に放り出された。
 佐藤はいまだに独身である。結婚したい、と真剣に思ったことはない。
 地方公務員の家に生まれ、高校を卒業すると東京に出て、ジーンズショップの店員となった。
 そこで知り合った女と同棲をはじめ、そのことが店長にばれて辞めてしまった。三年目の時だった。
 女は喫茶店のウエートレスになり、佐藤は引っ越し業者のトラック助手となった。
 女は半年目に、勤め先で知り合った男と同棲するために佐藤の許を出ていった。
 追わなかった。その頃には佐藤にもそれなりの女がいたため、いいチャンスとばかりに彼女を誘い込んだ。
 一年あまりでトラック助手も辞めた。別に仕事がきついとか給料が安いとかいう理由はなかった。
 ただ飽きてしまった。そんな感じだった。
 ボウリング場の従業員、コンビニの店員、次々と職を変えた。
 それでも二十七歳になった時には将来のことを考えた。
 運転免許は持っている。大手企業の下請け会社ではあるが、好景気の波に乗り、成長しつつある電器部品会社に入社した。
 そして三年。仕事にも慣れてきたと感じはじめていた時にバブル崩壊のあおりをくらってしまった。
 退職金もない。社長も負債のため裸になってしまった。
 すぐにまた仕事は見つかるさ、たかをくくっていたが今度はそうもいかなかった。
 新聞広告をたよりに求人先に出向いてみるとすでに決まっており、また後日返事をすると言った会社は、その翌日には不採用の連絡をしてきた。
 二十数カ所まわった。しかし、すべてだめだった。
 すこしだが貯めていた金も底をついてきた。来月分のアパート代も払えそうにない。
 気持ちはすさむばかりだった。そのために連夜、安い酒をあおるように飲んでいた。
 きょうも面接に行った。佐藤同様に何人かの男たちも応募してきていた。
 転職回数が多いですね――。
 人事担当者は履歴書を見ながら言った。
 まただめか。男の表情を見て、佐藤は直感していた。
 何人かの者が残され、再面接が行なわれた。
 佐藤は選に漏れた。分かっていることとはいえ、腹が立った。
 酒屋での立ち飲みは、人事担当者への憎しみをつのらせる酒となった。
 住まいのある登戸のアパートに戻ってくると、二年来の店、スナック「紅」に寄ったのだった。
 ホステスの陽子はきさくな女である。明るい性格であり、人あたりもよかった。
 これまで佐藤はなんどか彼女を誘った。しかし、昨年までは上手に逃げられていた。
 会社が倒産した後、三、四回誘ったが、彼女は、
 だめよ。お仕事が決まってからね――。
 と上手にかわされていた。
 今年になって三度ほど付き合ってくれた。ラブホテルのベッドで、佐藤を十二分に満足させてくれた。
 理由ははっきりと分からない。でも自分にそれなりの好意を抱いてくれはじめたのだろう、と佐藤は一人ほくそえんでいた。
 佐藤はたばこをくわえた。陽子がライターの火を近づけた。
「佐藤さんも大変ね。でも家庭がないんだからまだいいわよ。会社には家族持ちもたくさんいたのでしょう」
「そう、おれは一番恵まれていたんだよ。いよいよとなったら強盗でもやって、逃げられるだけ逃げて、捕まったら捕まった時のこと。刑務所はメシ付きだから生活には困らない」
「ばかなこと言わないで、もう」
「陽子。おまえをおそってやろうか」
 片手をカウンターの下にのばし、ムッチリとした陽子の太腿をさわった。
「だめよ。変なことしないで」
 陽子の手が佐藤の手に重なった。動きが封じられる。佐藤はにぎるように指を太腿の肉に食い込ませた。
「いたいわ。ね、さあ、飲んで、そろそろ看板よ」
 陽子は自分の手をカウンターに戻した。
 佐藤は大胆になった。股間のあたりはムズムズしている。酔いがどんどん欲情をあおっていく。
 太腿の奥に手を入れた。陽子は逆らわない。両手でグラスを持ち、少しずつ水割りを口にふくんでいく。目はしっかりと正面のボトルスタンドの一点を見つめていた。
 ボックス席の客が立った。残ったのは佐藤だけになった。
 ママの紅子が客を送って外に出て行った時、陽子はそっと上体を寄せ、
「出て、待ってて」
 とささやきかけるように言った。
 
 
 
 
〜〜『女体鑑定人』(山口香)〜〜
 
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