内藤みか 女、夜稼ぐ
目 次
第1話 「女、二十而立」
第2話 「女は夜、熟す」
第3話 「出世道」
第4話 「女、夜を売る」
第5話 「同伴旅行」
第6話 「女、夜を彷徨う」
第7話 「媚肉の宴」
第8話 「女、夜に生きる」
(C)Mika Naito
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第1話 「女、二十而立」
PM5時の新宿
PM5時の新宿は、繁華街へ向かう会社員たちでごったがえしていた。軒並み残業制限が行われている昨今、そんなにお財布の余裕もなく、一目散に家へ帰るばかりなのだ。
(ぜんぶ、不況のせいなのよね……)
美佐江は人波に揉まれながら、恨む相手も見つからず、ため息をついた。さっきから靖国通りがわからず、ウロウロと往復ばかりしている。彼女は今から歌舞伎町のキャバクラ『サルーン』の面接を受けに行く途中なのである。
そもそも、美佐江がホステスになる決心をしたのは、彼女が働くデパートがボーナスを極端に減らしてきたからであった。新宿という土地と、老舗・高級感というイメージで売っていただけに、バブル崩壊の打撃をかなり受けているのである。
会社も大変だが、美佐江だって大変だった。給料はすべて家賃や生活費で消える。ボーナスでするささやかな贅沢がなければ、ただの働きバチになってしまう。
「このままじゃ、麻子と約束していた香港旅行はとても実現できなそうよ……」
美佐江はゴールデンウイークに行動を共にする予定の、短大時代の友人、麻子に電話して泣き言を吐いた。その時麻子が勧めたのが、このサルーンでのアルバイトであった。
「午後6時から11時まで働いて、時給は2千円。一晩で1万円も儲かるのよ。香港くらいアッという間よ。あんたは内勤だから5時で仕事は終わりでしょ」
「でも私、ホステスなんてやった事ないわ」
躊躇する美佐江に、麻子は力強く、
「大丈夫」
と力説した。
「オヤジにお酌してればいいだけよ。簡単だから、とにかく面接受けて1日働いてみなさいよ」
そのまま、麻子に押し切られた形で、今日がやってきたのである。支配人との約束は、5時45分。そろそろである。美佐江は意を決して交番にサルーンの場所を聞きに行った。
クラブ街の一角に、看板だけが派手にキラキラしている『サルーン』はあった。中へ入ると、バンド用のステージとズラッと並んだボトルの棚。タキシードの男性がバタバタと開店準備に歩き回っていた。ほどなく支配人の羽田がやってきて、美佐江に名刺をサッと渡し、まだ客がいないフロアの一角に席を勧めた。
「こういう仕事の経験は?」
「あの……全くありません」
美佐江はモジモジと膝の上の手を動かした。羽田は意外と若く、20代の後半のように見える。広い額が、新宿の競争社会を戦い抜いてきた証拠のようにやや油を浮かせている。丸い大きな瞳に太い眉。ホストをやった方が良さそうなスラリとした青年であった。そんな支配人の前では、美佐江が一所懸命選んできた一張羅のブルーのスーツなど霞んでしまいそうで、ドンドン気がひけてきたのである。
「ハハ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。この店は初心者大歓迎ですからね」
支配人はニコリと笑った。しかし、その瞳は鋭く美佐江の全身を観察していた。
(フム……モチモチとして、白くていい肌だ。20歳にしては純真さがあるし。新鮮だな。ちょっと太めだけど、おっぱいも大きいし、これからはこういうタイプが人気が出るかもしれないな。顔も磨けば結構イケそうだ)
3秒くらいで素早く美佐江の値踏みをした羽田は、
「分かりました。じゃあ、時給2000円からスタートという事で。週に何回これますか?」
「と、とりあえず、2回位から……あの、月曜と木曜でいいでしょうか」
「いいですよ。じゃ、これにサインして」
契約書に美佐江はサインと捺印をした。
「今日は水曜日ですね。じゃあ、明日から来れますか?」
「ハ、ハイ……。でも、私、何も分からないんで、つとまるんでしょうか」
「いや、今日これから、僕がキミに研修するから。お店はこの辺にして、とりあえず外でメシでも食べましょう」
羽田は有無を言わさず、美佐江を外に連れだした。
羽田の車はベンツであった。
(ベンツなんて、乗るの、初めて)
久しぶりの左ハンドル車に、美佐江はますます緊張した。
(やっぱり、お金持ちなんだわ、この人。そうよね。ホステスが50人もいる店の支店長なんだもの)
車は西新宿にある高級ホテルの駐車場に停まり、美佐江はそこで、羽田にフランス料理をふるまわれた。田舎育ちで、贅沢に慣れていない美佐江は、緊張のあまり何度もフォークを落とした。しかし、羽田はイヤな顔ひとつせず、美佐江の身の上話にもうなずき返すなど紳士に振る舞っていたため、美佐江はだんだん安心し、やっと笑顔もあらわれた。敏感にその気配を感じ取った羽田は、スッと立ち上がり、
「じゃあ、そろそろ研修に入りますか」
と美佐江を促した。
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