官能小説販売サイト 内藤みか 『男という猫を飼う』
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内藤みか    男という猫を飼う

目 次
プロローグ
一部 男という猫を飼う
二部 男というイヌを飼う
エピローグ

(C)Mika Naito

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   プロローグ

 ペットを飼うのは、余り好きじゃなかった。高校生の時、可愛がっていたじゅうまつが蛇に食べられてしまったからだ。
 鳥の名前はチヨと言った。私が朝、チヨのエサをあげにいったら、窓からぶらさがった鳥籠にはチヨの代わりに青くて細長い蛇が入っていた。蛇は白い腹を少し膨らませ、さっき飲み込んだばかりのチヨを、満足げに溶かし始めていた。
 以来、一度もペットと暮らしてはいない。部屋の中にはしおれかけたサボテンが一鉢あるだけだ。
 東京に出てきて、五年。
 私はずっと一人で生きてきた。
 最初はOLとして上京したのだが、なんだか向いてないような気がして一年で退職。バイトをしながらワープロの資格を取り、友達のツテで出版社のテープ起こしや原稿の清書の仕事を始めた。ワープロの仕事をしたいともくろんでいる主婦連中やOL脱出希望組に比べて、私はラッキーな方だったと思う。コネがあったおかげで、すぐに技術を金銭に変換することができたのだから……。
 多摩川沿いの小さなアパート――六畳の和室と六畳のキッチン――。それが私の仕事場兼住居だった。ワープロ入力は、家でのんびりとお茶を飲みながらできる。私は、日がな一日キーボードを叩いて暮らしていた。
 仕事には、波があった。山のように単行本の清書をしていかなくてはならない時は、徹夜に近い状態で机に向かう事もある。逆に、何もない時は、何もない。月に一回位は、数日間何もない。そういう時は、あえて何もしない。ぼーっと読書をするくらいしか、しない。わざわざ動き回るのは、面倒だった。
 仕事は完全出来高制だったが、自分ひとり何とか暮らせる位は、編集部で仕事を融通してくれていた。その上、月にまとまった休日が数日。旅行好きな人なら、何とかお金を工面して、月に一回旅行に出ることだって可能だ。
 だけど、私はただただ、その月の休みを自分の街で過ごしていた。午前中いっぱいかけて商店街を歩き『商店街中で一番安い値段さがし』をする。一〇〇g五十円の挽き肉・二丁で一〇〇円の豆腐……。それらを組み合わせて料理を考えるのが、楽しいのだ。
 そしてお天気がよくない時は、図書館で本を読んだ。暖かい日は多摩川の土手で読書をした。晴れている日は、毎日のようにお布団を干した。暖かくなった毛布を眺めながら、玄米茶を飲んだ。
 私の生活は、二十三歳にして隠居した老人のそれと酷似していた。違っているのは、ワープロを叩いている点だけだ。歩みものろく、ただ時間を潰すだけかのように、店先をのぞいて歩く。図書館で、新作の本の棚をじっくりと眺める。ハッと気づくと二〜三時間経っている。こんな怠惰で優雅な一日を送ることに、時々は罪深さを感じた。こんなにのんびりしていていいのか、と。街は綺麗にスーツを着て、化粧をしたOLさん達がさざめいているというのに……。
 仕事も一人・暮らすのも一人だから、一日誰ともしゃべらない日もそう珍しい事ではない。別に内気というわけではない。誘われれば飲みにも行くし、歌いにも踊りにも、行く。
 ただ、私は、私の老人じみた日常を愛していたのだ。別に大きな不服はなかった。日がサンサンと照っているベランダに、目を向ける事が好きだった。普通の会社員――毎日朝日と共にでかけ、日曜日も遊んでばかりの人達――には、このささやかな幸せなんて、わからないだろう。近所には温泉付きの大衆浴場があった。肩コリがひどい時には、洗面器片手にいそいそとそこへ、お昼からでかけていき、おばあさん達と一緒にお湯に浸った。
「近頃蒸し暑くなってきましたね」
 と話しかけてくるおばあさんに、裸の私は、
「本当にねえ〜」
 と答えた。
 私は、このままで充分幸せだった。こうやって、いつまでもいつまでもワープロを叩き、自分で自分の事を養っていこう、と思っていた。結婚なんて考えた事もなかった。恋人と呼べる存在は、この五年間、ひとりもいなかった。自分でこうやって自分の事だけを養っていく、と私は秘かに決めていた。強がりではなく、本当にそうしたかった。毎日が遅々として進まない、そんな退屈すぎる時間が大好きだったのだ。誰にも気を使わず、好きな本だけ読んで毎日暮らしたかった。
 いつまでもいつまでも、ひとりで、日光を浴びながらのんびり暮らすつもりだった。

 それなのに、今。
 私の部屋には、ペットがいた。
 智康、という名前のペットだ。

 動物の種類は、『男』。
 智康が私の部屋に来るようになってから、もう三カ月が経つ。


   一部 男という猫を飼う

     1

 智康は、猫そのものだった。
 男の子・十九歳。彼をあらわすそれらの単語があるのに、私は彼に逢うたびに彼を人間として見る事ができなくなっていった。
 今朝も、いいお天気だった。私はカーテンの隙間から差し込む日光で、目を覚ました。胸にぽつ、と小さな手が乗っている。智康のだ。私の胸に触れながら、すやすやと鼻で呼吸している。
 そっと手をどかし、起き上がる。胎児のように丸まって眠っている全裸の彼をしばらく見つめる。白くてつるつるして、温かい肌。ムダ毛が少ない肌に、背骨の線が一直線に出ていた。長いまつげをきゅうっと閉じて、寿命を一息一息伸ばして行くように、一所懸命呼吸している。生きているのだ。
 そんな彼の姿に、今朝も胸を乱される。朝の口づけの欲求が高まる。本当は、夕べの煙草のヤニが口の中に残っているから、歯を磨いてからキスしたかったのだが、眠っている彼には味もわからないだろう。私は、私の口の臭いが触れないように、かすかなキスをした。
 カーテンを開けると、そこは真っ青な八月の空だった。午前9時の太陽が、南の窓に向かって真っ直ぐに飛び込んでくる。
 今日は、お布団を干そう。洗濯をしよう。私は洗いたてのTシャツとジーンズをひっかけるとベランダに出た。
 ストッキングやブラジャーや、パンティーを洗濯機に放り込む。ふと畳の上を見ると、智康のトランクスが転がっていた。インディゴチェックのさっぱりしたそれを、私はつまみ上げる。
 しばらく考えた末、一緒に洗濯機に投げる。スイッチを押すと、使用五年目の洗濯機が、錆びた音を立てて回りはじめた。ベランダの下には、学校のプールに行くのだろう、子供達が水泳バッグを持って歩いていく。
 自分の下着が男の下着と一緒に回っているのを見るのは、初めてだ。午前九時二十分。妻になったような、母になったような気分で洗濯機の水をのぞきこんだ。〃家族〃の下着を洗っている私がここにいる。
 智康は、まだ眠っていた。白いシーツをキュッと掴み、布団に顔を押しつけている。布団を私の胸に見立てているのかもしれない。
 彼をゆり起こそうとして、私は思い止まる。急いで洗面台に行って、一分間だけ歯を磨く。鏡の中の、化粧気のない私が、眠たげにこっちを見つめていた。
 老けは怖くないはずだったのに、智康が現れてからというもの、シミもシワも、現れるのは一日でも遅くなって欲しいと願うようになっていた。キレイだ、と言われたいのだ。
「智康。朝だよ」
「ん〜」
 寝ぼけている彼からシーツをはぎ取る。ゆるゆると彼の手から白い布が離れていく。彼の肌があらわになり、全身に日光が当たった。
「布団干すんだから、そこどいてよ」
「ん〜」
 低血圧の彼は、朝、何を言っても生返事だ。仕方なく、彼を横へ押して、畳の上へと転がした。布団を持ち上げる。智康の汗の匂いが、ふっと鼻に付く。布団は水分を含んで、温かく湿っている。
「また、いっぱい寝汗をかいたのね」
 私は彼に顔を近づけていった。冷たい畳に触れて、智康は薄目を開ける。
「……お布団は……?」
「布団は、干すの、よ」
 言い聞かせるように言った。智康がパッ、と顔を上げる。
「やだ。もうちょっと寝たい〜」
 私の手にある布団に全身でしがみついてきた。彼の体重の重みで、布団は再び床に落ちた。智康は素早くそれを広げて、また気持ちよさそうにごろん、と転がった。
「ダメよぉ、ホラ、外を見て。いい天気なんだから、布団干させてよ」
「眠いんだよぉ」
 智康はぎゅっと目を閉じて、反抗した。夕べは二時に寝たのだから、睡眠は充分なはずなのに……。彼は、暇さえあれば、眠る。ごろごろする。だらだらが好きなのだ。
「智康っ」
 布団を干したい私は諦めなかった。彼をもう一度転がそうとする。
「やだって言ってんだろ」
 智康は不機嫌さを丸出しにして布団をしっかりと掴んだ。
「わかったわよ」
 私はあきらめた。彼にとってみれば、眠りを妨げようとする私がワルモノなのだ。これ以上嫌われるのも、アホらしい。
 お腹が空いた。
 トーストしながら、オムレツを作った。中に入れたベーコンが美味しそうな肉の匂いを出す。ミルクを注ぐ。二人分の食卓を作る。
「麻里〜」
 智康が匂いを嗅ぎつけて大声で呼ぶ。近寄ってみると、布団にほほを寄せて、こっちを、ぱっちり開けた目で見つめている。
「あら、寝るんじゃなかったの?」
「おいしそうな匂いがするから、起きちゃったよ。朝ごはん、何?」
「ただの、オムレツ」
「オムレツ。うれしい……」
 智康は仰向けに寝ころがった。彼のペニスが、ぷりん、と天井へ向かって揺れる。朝立ちしている。七十%といったところだろうか。
 
 
 
 
〜〜『男という猫を飼う』(内藤みか)〜〜
 
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