官能小説販売サイト 勝目梓 『柔肌は殺しの匂い』
おとなの本屋・さん


勝目 梓    やわはだは殺しの匂い

目 次
柔肌は殺しの匂い
強姦ゲーム
採用試験
リングの女豹たち
愛欲の亀裂
モン・シェル・レイ
女たちの画帖

(C)Azusa Katsume 1988

◎ご注意
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償にかかわらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
個人利用の目的以外での複製等の違法行為、もしくは第三者へ譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰されます。


   柔肌は殺しの匂い

 常識ってやつは曲者だ。
 常識に従って生きていれば、誤りはない、と人は思いこみがちだ。
 その考えはまちがいじゃない。だが、常識だって、いつも人を守ってくれるとは限らない。
 たとえば鍵ってやつがそうだ。鍵さえかけておけば、戸締まりさえ万全ならば、泥棒に入られる心配はない、と人はとりあえず安心する。これ、常識のもたらす安全というやつだ。
 だが、世の中には、締まっている他人の家の鍵を見ると、無性にそれを開けてみたくなる、というたちの人間がいる。常識に逆らいたいと思っているわけだ。
 他人の家の鍵が首尾よく開くと、どうしても、中に忍びこみたくなるのが人情てもんだろう。忍びこんだからには、何かいただいて帰りたいと思うのも人情だ。
 おれはなんの取柄もない、つまらない人間だ。自分で言うのだからまちがいはない。
 ただ、おれは鍵を合鍵なしで開けることについては、相当に自信がある。ロックされて安心しきっている、他人の家のドアや窓を見ると、おれはつい常識に逆らいたくなる。
 その衝動は、誰にでも覚えのあるはずの、あっちの衝動と同じで、なかなか抑えにくいのだ。で、つい、やっちまう。
 その、が度かさなるうちに、いつのまにやら、おれは盗っ人だけで飯を喰う人間になっていた、というわけだ。
 空巣狙い、それも現金だけを頂戴する、プロの盗っ人となって、もう八年だ。キャリアとしては、人さまに誇るほどのものじゃまだないが、二十歳になると同時にはじめてこのかた、一回もサツにつかまったことのないのだけは、自慢できる。
 そういうおれでさえ、ときには勘がにぶって、危い目にあうこともある。どうも雨上がりの日がヤバい。空気の湿度の加減かどうか、勘がにぶるのだ。
 あの夜も、やっぱり雨の後だった。おれは練馬の桜台の駅の近くの、小さなマンションの一室に狙いをつけた。時刻は午後二時ごろだった。真っ昼間だ。
 盗っ人は夜働くとみんなは思ってるけれども、これも常識のもたらす錯覚で、おれみたいに、白昼堂々と本職に精出す人間もいる。
 小さいけれどもなかなかしゃれたマンションだった。三階の一室のベランダに、カーテンが引かれていた。それで、おれはその部屋が留守だなと思った。
 思ったとたんに、ロックされて安心しきっている鉄製のドアを思い出してしまった。ムラムラと衝動が湧いた。で、おれはアタッシェケースを開けて、商売道具の、針金をちょいと細工したものを取り出してポケットに入れてから、セールスマンみたいな恰好をして、マンションの玄関を入ったんだ。
 アタッシェケースさげて、スリーピース、の背広をきて、きちんとネクタイをしめて、どこから見てもセールスマンにしか見えない、という盗っ人だっているんだ。
 おれは誰にも見られず、三階に上がり、誰にも見られずに、狙った部屋のドアのなかにすべりこんでいた。針金一本でドアの鍵をあけるのに、二十秒とかからなかった。ドアチェーンはかかっていなかった。当たり前だ。外出するのに、どうやってドアチェーンがかけられる?
 おれは靴を脱いで、玄関から奥にのびている短い廊下を奥に進んだんだが、おどろいたね。奥のリビングルームらしい部屋のソファの上に、女がいたんだ。
 女はただそこにいたというんじゃない。素裸でソファに体を投げ出していたんだ。女の片手は自分の乳房を撫でさすっていたし、もう片方の手は、淡くけむったようなしげみの下でもぞもぞと動いていたってわけだ。
 たとえばバスタブの中でなら、体を洗っていたところだと言い逃れもできようが、ソファの上ではどうにも言い逃れはできない。女はオナニーの最中だったんだな。
 しかし、言い逃れのできないのはおたがいさまで、こっちだって、黙って人さまの家のリビングルームに上がりこんでおいて、毎度ありがとうございます、セールスにやってまいりましたとは言えない。
 眼が合ったとたんに、おれも女もおどろきのあまり、ことばが出なかったね。女はソファの上ではね起きて、おれをにらみすえた。だけど声はあげなかった。声が出なかったのか、自分のほうにもオナニーの一件でひけめがあったせいか、どっちかだったのだろう。
 あれでおれたちは、三十秒か一分近くは、黙って相手を見つめ合ったままだった。まるで、愛し合っている者同士みたいにだ。
 おれは盗っ人だが、仕事をするに当たって、人を傷つけたり、女を強姦したりはしない。そういうことは趣味に合わないのだ。だから黙って女の出方を見ていた。慌ててこっちが逃げ出せば、向こうだって反射的に、あるいは義理にでも、『ドロボーツ!』と叫び出すだろう、とおれは思っていたのだ。
 先に声を出したのは、女のほうだった。
「あんた、ドロボーさん?」
 女はそう言った。
「見たとおりさ。だがドロボーって言い方はおれは好きじゃないんでね。どうせなら盗っ人と言ってほしいな」
 これはおれの本心なんだ。ドロボーという言い方は、裏の稼業、常識に逆らって生きる少数派、といったニュアンスに欠ける。朝寝坊とか、ケチン坊とかと同じで、ひびきが軽々しい、誰でもなれそうな感じがある。
 そこにいくと、盗っ人というのは、いかにも秘密っぽくて、ほどほどの重みが感じられて、しかも、旅人とか釣人というのと同じでもっともらしい。
「あんた、盗っ人さん?」
 女はちゃんと言い直した。
「ああ、盗っ人だよ。警察を呼ぶかい?」
 おれは開き直って言った。
「安心しなさい。警察とはあたしも相性がよくないから呼ばないわ」
「そりゃありがたいが、あんた、どうして警察とは相性がよくないんだ?」
「あんたもそそっかしいわね。同業の家に商売をしにやってくるなんて……」
「同業? あんたが……」
「そうよ。信じられないって顔ね」
「信じろってほうが無理だろう。そんなに若くてチャーミングな女のあんたが、好き好んで盗っ人なんかしなくたって……」
「あんただって、チャーミングとは言わないけど、そんなに若くて、立派な体してて、さほど頭もわるくはなさそうなのに、どうして盗っ人やってるの?」
「好きだからさ」
「あたしもそうよ。好きなのよ、盗っ人稼業が……」
 女は笑って言った。そのときはもう彼女は、裸の胸やしげみを、おれの眼から隠そうとはしていなかった。
 
 
 
 
〜〜『柔肌は殺しの匂い』(勝目梓)〜〜
 
*このつづきは、ブラウザの「戻る」をクリックして前ページに戻り、ご購入されてお楽しみください。
 
「勝目梓」 作品一覧へ

(C)おとなの本屋・さん